杏里(あんり、1961年8月31日 - )は、神奈川県大和市出身の歌手、シンガーソングライター。女性。本名は川嶋 栄子(かわしま えいこ)。神奈川県立希望ヶ丘高等學(xué)校卒業(yè)。最近では、「オリビアを聴きながら」など普遍的な曲を世代を問(wèn)わず語(yǔ)り継ぐ。アーティスト名として、ANRI(織田哲郎とのコラボレートも含む)と表記する場(chǎng)合が多い。 大事件 1978年、「オリビアを聴きながら」でデビュー。歌手デビュー前はモデルをしていた。因みに杏里という蕓名は當(dāng)時(shí)の所屬事務(wù)所、ボンド企畫で社長(zhǎng)の高杉敬二の娘である河村和奈に名づける予定の名前だったそう。 デビュー曲が小ヒット後はなかなかヒット曲が出なかったが、1982年に當(dāng)時(shí)のバックバンドのメンバーであった小林武史が作曲して花王のCMで使われたシングル盤「思いきりアメリカン」が久々にヒットして、同時(shí)期にはライブや學(xué)園祭ライブなどに力を入れ始めた。同じボンド企畫所屬だった角松敏生からの楽曲提供(アルバム「ヘブンビーチ」)、オリジナルアルバムのプロデュース(アルバム「ビキニ」)で徐々に注目されて、1983年には「CAT'S EYE」(同名の北條司原作のアニメ主題歌)、「悲しみがとまらない」、アルバム「タイムリー!!」のビッグヒットで知名度を上げ、紅白歌合戦に初出場(chǎng)する(これまで通算3回出場(chǎng))。 1984年にボンド企畫から獨(dú)立してからは、1987年発売のアルバム「SUMMER FAREWELLS」以降、杏里本人によるセルフプロデュースが始まり、本格的にアーティストとしてその名を上げ始める。主だって夏によく合う曲が多いのが特徴である。 1988年6月、デザイナー・山本寛斎の甥で當(dāng)時(shí)アパレル會(huì)社社長(zhǎng)の岸田健と結(jié)婚。しかし、1993年9月に離婚した。 最大のピークは1989年発売のアルバム「CIRCUIT OF RAINBOW」から1991年の「NEUTRAL」にかけての3作品。この時(shí)期にはカナダドライジンジャーエール、東芝ビデオデッキ「ARENA」、カネボウ「テスティモルージュ」のCMに出演した(CMソングも擔(dān)當(dāng))。 1990年には、最初で最後のアリーナツアーを敢行。 1994年には、1998年開催の長(zhǎng)野オリンピック公式テーマソング「SHARE 瞳の中のヒーロー」を発表。 2005年にはジャズギタリスト、リー・リトナー(Lee Ritenour)と婚約を発表したが、2008年4月28日、自身のホームページにて婚約を破棄したことを発表。 2007年10月1日より月~金フジテレビ系、お晝前の情報(bào)バラエティ番組「ハピふる!」のテーマソング『もう悲しくない~ハピふる!~』を擔(dān)當(dāng)。 2008年3月3日より『もう悲しくない~ハピふる!~』著うたの先行配信開始。 2008年4月9日より『もう悲しくない~ハピふる!~』デビュー30周年アニヴァーサリーエディションとしてCD+DVDの限定版、及び通常版CDがリリースされた(ユニバーサル・ミュージック)。 2008年7月、藤?zèng)g市より初代「ふじさわ観光親善大使」に選ばれる。 更多>>